2016年3月15日火曜日

モノにもコトにも意味がない

大学生の時
文化人類学を学び始めて
一番衝撃だったのは、

「ものごとには意味がない、コンテクストで意味が変わる」


ということだった。


たとえば同じ植物でも、
ある文化では珍重され、
ある文化では
不吉だといわれ、
忌み嫌われたりする。


同じものなのに
文化によって意味が変わってくるわけだ。


でも、それは文化的背景だけとは限らない。


変なたとえだけれど
牛の糞が牧草地に落ちていたら
違和感はない。
そこにあるのが、当たり前だと教わっているから。


でも、牛の糞が、牧場脇のレストランの机の上にあったら?
牛が自然にそこに糞をするわけはないので
何か意図的なものを感じるだろう。


つまり、同じ牛の糞なのに
「ここにあってもおかしくない」と思うところにあれば
違和感がなく
「ここにあるべきじゃない」と思っているところにあると
嫌悪感すら覚えるのだ。


さらに言えば、
私たちの便もそうだ。
体の中にあるときは
持ち歩いてても違和感がないのに

それが一度外に出た状態で、
ビニール袋に入ったものを持ち歩け・・・といわれたら
嫌悪感を示すだろう。


同じものなのに、
ある場所が違うというだけで
与える意味が変わってくる。


つまり、


モノにもコトにも
絶対的な意味はない。


絶対的に汚いものも
絶対的にきれいなものもない。
絶対的に悪いものも
絶対的に良いものもない。


そもそも、意味を持たないのだ。


そして、モノやコトに与えられる意味は、
与える人の思い込み、刷り込み
教育、知識、文化によって
変わるのである。



考えてみたら当たり前のことだけど
そんなことを思ったことが無かったのだ。


意見が対立するとき
「人には人の考え方があるのね~」とは思っていたが


そもそも、この世に存在するすべてのものに
意味と価値がない
意味と価値与えているのは
我々ひとりひとりである。。。というところまでは
思い至らなかった。


この考え方は
私のその後の人生に大きな影響を与えた。




その後、仕事をしていく中で
上司に


「あなたが与えた意味をあなたが受け取る」
ということを教えてもらい、


どんな出来事にも意味はなく、
自分が与えたいと思った意味を与えることができるということを
学んだ。


決まっている意味などないなら
自由に考えることができる。


どうせ与えるなら、
ポジティブでいい意味を与えた方が得だ!

そうは思っていても、
これまでの刷り込みや思い込みで
ついついネガティブなことを思い描いてしまい
「失敗した~」と思うことが多々ある。


そのたびに
「違う違う!そうじゃない!」と
自分を言い聞かせて軌道修正しているのだが
まだまだ修行が必要なようだ。



で。。。。


今回リトリートでいらしたグループは
引率してきた先生のネガティブな心配が
面白いほど現実化し


いろんな意味で勉強になった。


この先生がここに来るのは二回目なのだが
去年にも増して
とてもナーバスだった。


引率してきた先生というよりは
まるで召使い?????のように
生徒さんに気を使って

問題ない?大丈夫??
足りないものは???と聞いて回っていたのだ。


そういう心配をしていると
余計にそういう現実を招くわけで

彼女は、すべての生徒さんから
毎日のように
あれが、これが。。。。と不満をぶちまけられ
そのたびに、ホテル側に
ヒステリックにいろんな要求をしてきた。


うちのオーナーは
そういうのにとっても慣れているので、
非常に紳士的に、かつとってもメキシコ風に
すべての問題に対処した。


このメキシコ風にっていうところがミソ(笑)


リトリートの先生としては
ホテル側ができないことは受け入れるしかないのだけれど
でも、納得いかなくて
スタッフに当たったり、
アシスタントに当たったり。。。。


見ていて、かわいそうなぐらい
ストレスをためてしまっていた。


そして、さらに心配して
さらに文句を言われ。。。の悪循環・・・が続いた。


最終日、先生が私のところに来て


「今までにこんなリトリートってあった?
ひどすぎるでしょう??
おかしくない?あなたどう思う?」

と言われた。


正直言って
私にはリトリートがうまくいっていないとは思えなかった。


私のところに、何かを頼みに来る生徒さんは
ちっとも威圧的ではなく、

とても丁寧に頼んでくれたし

その都度、「このホテルは本当にいいところね!」と
感謝の言葉を伝えてくれていた。

お世辞が含まれているとしても
そこには嫌味のようなものは感じられなかった。

それに、みんなとてもリラックスして
楽しんでいるように見えた。


ただ、先生だけが
一人でカリカリしているように感じた。


なんとなく気の毒に感じたので
ダメもとで
自分の見解を伝えてみた。


****

あなたは先生なんだから
ツアーガイドみたいなことしなくていいんですよ。
そんなのはホテルに任せておけばいいことです。


あなたがそうやっていちいち心配して
いろいろ聞くから、みんないろいろ言ってくるんであって
あなたがどっしり構えてたら
何の問題もないことです。


あなたがひどいリトリートだという意味を与えるなら
そうなるし
良いリトリートだった、いろんなことを学べた、
次への糧にするぞと思えば
得難い体験ですよ♪

****


そしたら
ものすごい勢いで泣き出してしまった。汗


もう50歳は超えているベテラン先生だったけれど
相当、いろいろ
いっぱいいっぱいだったのだろう。。。


でも、泣いたらすっきりしたらしく


「リトリート二度としたくないって思ってたけど
気が変ったわ!
又来るから!!!」


と笑顔になってくれた。


そしてその後は、
生徒さんたちとも和やかなムードになり
最後のディナーは
全員で写真を撮ったりして
とても和気あいあいだった。


当たり前のことだけれど
先生の心の持ちようで
グループの雰囲気は、大きく変わる。


今回は
彼女のナーバスな対応を見て
自分自身もいろいろ学ぶことができ
とてもありがたかった。